自分史−基本孤独だった私の半生−

採用率がどん底だった就職氷河期世代、現在障害児のいる専業主婦です。診断してませんが、おそらく私自身ASDグレー。場面緘黙もあった?そんな基本孤独な半生を送ってきた振り返りブログです。

ゆっくりさせて

小学校に入学して、近所に住んでいた女の子と友達になった

 

学校で一緒に遊んだり、一、二回家に誘われてその子の家で遊んだりした

 

誘われれば学校が終わったあとに遊ぶこともあったが、私は学校に行くだけで精一杯だったので、友達と遊ぶのは学校だけで十分と思っていた

 

しかし、私に友達ができたことを知った母がなにかと「今日は遊ばないのー」と聞いてくる

 

とうとう約束もしてないのに、「家で本ばっか読んでないで遊んでらっしゃいよ〜」と追い出されるように促されてしまった

 

今ならその辺の公園で少し時間を潰して、予定があってダメだった〜とか言って誤魔化せばよかったのに、と思うが、当時の私にはそんな知恵も働かず、律儀に友達の家に行き、勇気を出して誘った

 

ちょっとびっくりされたものの、いいよ、と言って、家に入れてくれた

 

しかし、彼女は今日はおばあちゃんと遊びたかったみたいで、私はおばあちゃんと遊ぶついで、という扱い

私も彼女も全然楽しくなかった

 

 

なんせ、幼稚園のときずっとひとりぼっちだった私に友達ができたのだ

母はすごく嬉しくて友達との時間をたくさん作ってほしいと思ったのだろうが、今までひとりぼっちだった子が学校でも家でも友達と過ごすのはかなりきつくもある

 

最初は学校で関わるだけで十分だろう

 

あと、私は本、特に図鑑など読むのが好きで、学校が終わったらそれらを貪るように読むのが楽しみであり、ストレス発散だった

 

過集中の気もあり、ずっと同じ姿勢で微動だにせず、2、3時間くらい読みっぱなし

 

普通の人が見たら、ちょっと不気味だし、肩こりなども心配になってくる

 

だが、当の本人は全く疲れてないし、なんなら気分はすっきり

 

でもそんな私を家の中でじっとしてる暗い子という目で見ていた母はなんとか外で遊んでほしいと思っていたみたいだ

 

「家でじっとしてばかりで…外で遊ばないの?私のときは夕方まで近所の男の子と駆け回ってたけどね〜」

と言われたが、母とは性格も違うし、そんな30年くらい前のことを言われましても…と思っていた

 

外で思い切り泥だらけになって遊ぶのが、 母の理想とする子ども像だったようだ

 

私は母の理想からはかけ離れた子どもだったが、そういう子もいるのだと認めてほしかった